2026/04/01
「ビジネスマンのためのボイストレーニングスクール」(株)エデュビジョン【ビジヴォ】代表。
東京音大ピアノ演奏家コース卒。聖徳大学音楽研究科大学院卒。ウィーン国際音楽コンクール及び国内の受賞歴多数。
ビジヴォの代表として「声」「話し方」に問題を抱えるビジネスパーソンの指導を実施。音楽家ならではの聴力と技術を駆使した、日本初 「超絶対音感」によるボイストレーニングが話題を呼び、ビジネス各紙からの取材、TV番組にも多数出演。
開校18年の東京スクールを拠点に北海道~沖縄まで、全国各地への企業研修を行っており、大手企業のコールセンター、金融機関、証券会社なども研修として取り入れいる。これまで4万人以上400社の企業研修を実施。
個人のクライアントも上場企業の経営者、芸能人、著名人を多数持つ。2011年~2012年 経済産業省のグローバル人材派遣として「ビジネスボイス」が選ばれフィリピンに赴任、日本にとどまらずアジアにて「声」の指導をして活躍中。
著書「話し方」に自信がもてる『1分間声トレ』(ダイヤモンド社)など多数。
学生時代のことを思い出していただいて、お伺いさせてください。
- 秋竹さん:
-
大学ではピアノ演奏家コースに在籍していました。
あの頃はピアニストとして活躍したいという思いがとても強かったです。小学校4年生頃から「将来はピアニストになるんだ」って思っていました。
本当に1日中練習していました。私がピアノを習い始めたのは小学校1年生ぐらいで、割と遅い方だったので、全然結果が出なかったです。それでも自分なりに結果を残したいなっていう思いで、とても真面目な学生生活を送っていました。
- 校友会:
- もう1にも、2にも練習に励まれていたんですね。
- 秋竹さん:
-
本当にそうでした。朝6時ぐらいの電車に乗って7時には学校に着いていましたね。練習室予約の列に並んで、空き時間があれば練習していました。
入学したら周りは優秀な人ばかりで、「どうしましょう」と焦って必死に練習してた時間を思い出しますね。とにかく真面目でした。
声楽を学び始めたきっかけもここにありました。
子どもの頃から歌が上手と言われていたこともあって高校の時に副科で声楽を始めて、技術を身につけることができたと思います。
大学に入った時に母親が「嫁入り道具にね、ものよりも技術とか経験だ」と言って、別途お金を払って副科レッスンとして声楽を続けさせてくれました。
- 校友会:
- 大学院にも進学されていらっしゃったのですよね。
- 秋竹さん:
-
実は大学院は東京音大ではないところでした。
大学院でも真面目に勉強していたのですが、ふと、この先のことを考えた時に「あれっ?」て、思ってしまいました。
とにかく演奏をしたくて、銀座のお店で1年程ピアノを弾かせて頂きました。
それと並行してピアノ教室を19歳の時に、自宅で開業しました。
ビラ配りから始めて、3人の生徒さんから音楽教室を始め、最終的には20人~30人ぐらいの規模になりました。
- 校友会:
- その時、集客方法はどこかで勉強されたのですか?
- 秋竹さん:
-
独学でした。チラシを配ったり、ポスティングしたり基本的なことをやりました。
ただ、子どもはピアノだけじゃ飽きてしまうので、歌を一緒に教えていました。
その一方で、結果が出なかったプレッシャーから「あがり症」になってしまったのです。
結果が出ない自分を受け入れられなくて、結構なストレスを感じていたのだと、今になって思います。
視野が広がった数年後には、もっと楽になりますが、当時の私にはその世界が自分の世界の全てだったので、大学時代はピアノや音楽に対して本当に一生懸命勉強したと自負しています。
次はお仕事についてお伺いさせてください。
- 校友会:
- ピアノ漬け、演奏漬けの状況から、ビジネスの世界に飛び込まれた背景には何があったのでしょうか?
- 秋竹さん:
-
結局、疑問をもった後もまた大学院に2年間通いました。聖徳大学でした。
その頃ちょうど「ビジネスボイストレーニング」というものが流行っていました。
そもそもどうしてビジネスの世界に参入できたかと言うと、それもピアノの営業が始まりでした。
大手企業のロビーでピアノ演奏や歌う仕事を頂くために、経営者の交流会などにフリーランスとして積極的に参加しました。ピアノ演奏の営業目的で参加した会だったのですが、そこで出会った経営者の方々から「ボイストレーニング」をして欲しいとオファーを頂くようになったのです。
- 校友会:
- 「やりたいこと」と「仕事になること」が必ずしもイコールにならない時もあると思いますが、秋竹さんはいかがでしたか?
- 秋竹さん:
-
私は多分「教えるのが好きなんだ」と思ったのです。
子どものレッスンでも「どう指導するのがいいのかな?」と、塾の先生や家庭教師もやってみました。それら全てで、「教えるのは楽しいな」と感じました。子どもたちにピアノや歌を教えたりするのは、天命なのだなと思います。
初めのきっかけは、当時オバマ大統領が「ボイストレーニング」をしていることが話題になっていたことでした。
- 校友会:
- 専科じゃない何かを武器に打ち出していこうとした時に、謙遜や自信のなさ、恐怖心はありませんでしたか?
- 秋竹さん:
-
その時にはもう無かったですね。
逆にピアノ科だから絶対音感があって耳がいい、「音大で勉強してました」というのは強みだと思いました。世の中は「言ったもの勝ち」だと思ってます。
- 校友会:
- 「声」の指導を仕事にしていく中で1番ご苦労されたのは何でしょうか?
- 秋竹さん:
-
やはり集客ですよね。これは音楽教室をされている人もすごく悩むところだと思います。
まだSNSがこんなに普及していない時代だったのですが、それでもそれなりにやりました。
- 校友会:
- その時に何か心がけたことやくじけそうになった時に、ぐっと持ち上げてくれたものはありましたか?
- 秋竹さん:
-
それは多分、音大時代に結果が出せなかった悔しさです。
がむしゃらに頑張ることができたのは、悔しいという気持ちが原点になっているからだと思います。
そのためには楽しんでやらないといけないと思います。
- 校友会:
- あの時、悔しい思いをしたのをバネに、実現させたい理想があったのでしょうか?
- 秋竹さん:
-
ピアノのコンクールよりも、集客は頑張ればそれに伴った結果が出るので、それが楽しかったというのもあります。
またずっと音楽ばかりの人生だったので、仕事を通していろんな社会の人に会えるのが、とても楽しかったです。「うわ、なんて狭い世界しか見ていなかったのだろう」ということも考えさせられましたね。
- 校友会:
- 秋竹さんはどういうところで、その教訓に気付かれたのですか?
- 秋竹さん:
-
やはり周りの人に叱られたり注意されたりしながらですよね。
ビジネスをやっていると、はっきり言ってくださる方もいるので、有難く反省して、素直に聞いてみました。失敗しないとわからないですよね。
逆に称賛されることもありました。目上の方、先生に対しての行いなど、当たり前だと思っていることが称賛されたり、関係性づくりやマナーなどはできていますよね。
- 校友会:
- 秋竹さんもそのようにされて、時に叱咤激励を受けながらがむしゃらに行動された上に、今の成功があるわけですね。今のお仕事で「大きい喜びを感じられること」とは、どんなところにありますか?
- 秋竹さん:
-
人の役に立っているという実感が1番です。 それは、幼少期の頃から母が私に「ともちゃん、人のお役の立つ人になってね。」とよく言っていて、それが擦り込まれてるような気がします。
「お金の数は 感謝の数」これは私が尊敬してる経営者から言われた言葉です。
ビジネスが形になった時、「声」については特に喜んでもらえますね。
滑舌が悪かった方や人前で喋るのが苦手だった方が「治った!」って思えることです。
そうすると、その人が自信をもてるようになり、その方の自己肯定感に繋がります。そうすると、もっとその人が前向きになったりするのです。そのお手伝いをしているので、「声」を直すのではなく、その人が 自分のことを好きになって、さらに活躍できるようにお手伝いをしています。そこがやりがいというか、すごく好きなところです。
- 校友会:
- 今、秋竹さんは、ビジネスとして「ボイストレーニング」をされてること以外に、リトミックの先生もされていらっしゃるとのことですが、いくつ事業をお持ちなのですか?
- 秋竹さん:
-
メインは「ビジネスボイストレーニング」です。私の他に声楽の先生が二人います。経営層の方々を中心にした個人レッスン、他に企業研修です。18年経って、そろそろ受講生が約4万人、企業数は400社ぐらいになります。
もう一つ、音楽教室を25年続けていて、今はリトミック教室と小学生のクラスを3クラス開いています。
- 校友会:
- 秋竹さんは、どうして自分の方向は「教える方だ」と区切りをつけられたのでしょうか?
- 秋竹さん:
-
たくさんの人が喜んでくれる方向に走りましたね。
でも、お客様に喜んでもらうためには相手のニーズに合わせることが大切だと思ったら、自然にショパンを弾いている自分に陶酔するようなことは無くなりました。ビジネスで喜んでもらえる、役に立つという喜びがあまりにも良かったので、それを実感したら未練も何もなくなりました。ピアノの手応えと、ビジネスの手応えを比べると、明らかに自分にはビジネスの方が手応えがありました。
- 校友会:
- 秋竹さんがビジネスの世界に足を踏み込む前に「培えた」と思うようなスキル、能力で思い浮かぶものがありますか?
- 秋竹さん:
-
これは私が思ったことですが、東京音楽大学では、自己肯定高い人が多い、と感じました。
親や、周りの人に愛されている人は、それが自信になって、なんでも行動できるのだと思います。
今後の活動について教えてください。
- 校友会:
- これからの展望をどのようにお考えですか?
- 秋竹さん:
-
「声」って未知数なので、まだまだ全然やれることあるんですよ。
今年は子どもの滑舌、発語といった本の出版したいと思っています。
今年で44歳になりますが、「声」も老けますから、「声のアンチエイジング」の方でも攻めたいですね。
- 校友会:
- そういうアイディアは、どのように「浮かぶ」のでしょうか?
- 秋竹さん:
-
やはりいろんな人にたくさん会うことじゃないでしょうか。
成功する人、活躍する人の近くにいるといろんな情報が入ってくるので、それが活かされていると思います。
- 校友会:
- 秋竹さんの教室にお越しになるお子さんは、どのような目的の方が多いのでしょうか?
- 秋竹さん:
-
小さい子は何よりも「楽しく」です。
音楽の技術よりも、「楽しく音楽に触れさせたい」とか、「情緒豊かに」という親御さんが多いですね。小学校を卒業して歌のクラスになれば、歌が上手になりたい、もっと上達したいという子が多いです。
- 校友会:
- お子さんによって目的が異なるわけですが、秋竹さんが一貫して伝えたいことは何でしょうか?
- 秋竹さん:
-
絶対的に「楽しい」という気持ちですね。私の世代には怖い先生もいました。そのような先生にならないように、レッスンに来たら「楽しい、飽きない、面白いな、好きだな」と思ってもらえることを大切にしています。これはビジネスマンに対しても全て共通ですね。
- 校友会:
- もっと気軽に東京音大卒業生という2万人のコミュニティにアクセスができるとしたら、秋竹さんのお仕事にプラスになること、新たに取り組んでみたいことなど思い浮かぶことはありますか?
- 秋竹さん:
- そうですね、皆さん色々なお仕事をされている方もいらっしゃると思います。同窓会や交流会などで繋がり合うことができれば、もっと楽しく、世界が広がったりするのではないかなって思いますね。
- 校友会:
- 「楽しい」というワードがたびたびお話に出ておりますが、秋竹さんにとってその「楽しい」を作り出すということは、どのような意味があるのでしょうか?
- 秋竹さん:
-
私自身、心軽やかに生きていきたいですね。
楽しくないと続かないし、人はメリットがないと動きません。これはビジネスをやっていて実感しています。
ここまでのお話をまとめて、お話しさせてください。
- 校友会:
- お話ありがとうございました。ここまでのお話をまとめますが、秋竹さんにとって、音大時代と社会人生活を一言で表したらどんな時期でしたでしょうか?
- 秋竹さん:
-
私の人生の「基礎固め」かな。コツコツやることも、練習することも。
音大時代はピアノの上手な人に嫉妬したこともありました。悔しかったという思いもありましたし、自分で一生懸命、ほんとにやりきりました。自分の人生の基礎でした。またそれが今、全部生きています。
社会人生活は、やはり苦労しただけのこともあって、毎日楽しいです。
本当に「楽しい」。もう「楽しい」の一言です。
音楽だけの狭い世界で閉じこもっていた時代からすると、社会人になってからの苦労は全然楽で、解放された感じですね。
- 校友会:
- 最後に、演奏も含めて 色々な分野で、頑張っている東京音大の同窓生に一言メッセージをお願いいたします。
- 秋竹さん:
-
多分似たような環境の方々が多いと思います。東京音大の方はすごく愛情いっぱい育てられ、優しい方もとても多いです。ぜひコラボレーションできることがあれば、よろしくお願いします。
社会に出れば話すことは絶対に必須です。話し方で人間関係がうまくいったり、そうでなかったり、あるいは仕事がスムーズに進んだりするのは、全て「喋ること」からスタートします。
私でお役に立てることがあれば嬉しいです。お互いに力を合わせていきましょう。